「告発文書」が示すのは… 菅政権は信頼できるのか 大震災100日
2011.6.18 00:09
今月に入り、ある与党議員の事務所に送り主不明の封筒が届いた。中身は、一種の「告発文書」だった。
同封された2枚のコピー紙のうち1枚には、東日本大震災発生の翌日の「3月12日18時3分」に送信された「記録」と、「官邸リエゾン→消防庁」「消防庁 番号618」が記載されていた。さらにこう走り書きで記されていた。
「18:00 総理指示 福島第1原発について“真水による処理はあきらめ、海水を使え”」
「官邸リエゾン」は首相官邸地下の危機管理センター内の一室を指す。各省庁から派遣された危機管理の担当者が詰めており、その一人が総務省消防庁に送信したものだとみられる。
「午後6時の首相指示」は、東京電力福島第1原発事故発生直後に発表された政府の資料には記載されていた。ところが先月、政府は「午後6時の首相指示」を突然否定し始めた。
きっかけは、水素爆発を起こした1号機への海水注入をめぐる首相、菅直人の関与のあり方が問われ始めたことだった。ここから官邸の説明は二転三転、いや四分五裂していく。
「当日官邸は混乱状態だった。あまり詰めないでほしい」
首相周辺はこう釈明するが、ことは政府の原発対応への信頼性にかかわる。菅政権に任せられるのか-。
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原発への海水注入問題を一例に、事故発生から100日たっても混乱と迷走を繰り返し、統治能力と問題解決能力の欠如をさらけ出している菅政権の軌跡を振り返る。
経済産業相、海江田万里は5月2日の参院予算委員会で、福島第1原発1号機への海水注入について、午後7時4分に「試験注入」を始めたが同25分に中断、午後8時20分に本格注水を開始したと説明している。
ところが、5月20日以降、海水注入による再臨界を恐れた首相、菅直人の言動がきっかけで、注入が中断されたとメディアが報じると、政府の説明は収拾がつかなくなっていく。
原発問題を担当する首相補佐官、細野豪志が早速、翌21日の記者会見で、1度目の海水注入の情報について「首相には届かなかった」と指摘したのだ。
細野は同時に「午後6時の首相指示」も「なかった」と否定した。その時間帯は、菅が「海水注入で再臨界の危険性はないのか」と尋ね、原子力安全委員長の班目春樹が「危険性がある」と指摘したところだった-と説明し、海水注入の首相指示を「試験注入」が行われた後の「午後7時55分」と訂正したのだ。
もともと官邸サイドは福島第1原発の事故当初、「『原子炉が使い物にならなくなる』と抵抗する東電に、首相が海水注入を指示した」という情報をしきりに流していた。まず、この「首相の英断」ストーリーが破綻した。
さらに、班目が「危険性があるというはずがない。私の原子力専門家の生命は終わりになる」と抗議すると、22日に「可能性はゼロではない」と訂正した。
菅も、5月23日の東日本大震災復興特別委員会で 「報告が上がっていないものを『止めろ』とは言うはずがない」と強調した。
それでは、実際には菅はいつ海水注水の事実を知ったのか。今月7日に閣議決定された政府答弁書にはこう記されていた。
「5月20日に注水に関する報道がされた後」
これが本当だと、菅は5月2日の海江田の答弁を隣席にいながら聞いていなかったことになる。
官房長官、枝野幸男は「首相の認識に基づいて正直に作った」と釈明したが、菅は10日の参院予算委でせっかくの枝野の弁明をぶち壊す発言をした。
「当日(3月12日)に海水注入があった事実関係は伝わってきている」
質問した自民党参院議員、義家弘介から「注水の報告は上がらなかった、と言っていた」と追及されると、菅は慌てふためき「全体の経緯や関係者の対応状況を承知したのは5月20日の後だった」と釈明した。
17日に閣議決定された政府答弁書では、東電の資料で海江田が海水注入を命令したのが午後6時5分だったことも明らかにした。
政府側は海水注入に関する菅の関与を否定し続けたが、東電側は、現地に海水注入の停止を指示した理由を「首相の『了解』が得られていない」としている。
官邸で海水注入の是非を議論した際、その場にいたのは菅と海江田、班目、さらに東電関係者などごく一部だけ。菅を除く多くは記憶があいまいだとして「何時に何があった」などと明確な答えを避けている。
一方、原発事故の対応に関わってきた政府関係者の一人は、与党議員の事務所に届けられた「午後6時の首相指示」を記す冒頭の紙を見るとこう語った。
「資料にそうあるのなら、午後6時に首相指示があったということかもしれない」
政府関係者は、この紙が本物かどうかは答えなかった。ちなみに、海水注入をめぐっては、現場の所長の判断で中断はなかったと後に発表された。現時点ではすべては「藪(やぶ)の中」だ。
しかし、「午後6時の首相指示」が本当であれば、政府の事実関係にかかわる説明はことごとく嘘だったということになる。国民は何を信じればいいのか。