クローズアップ2011:福島第1原発 廃炉作業、未知の領域
◇時期、全て努力目標
高い放射線量下での作業、溶け落ちた核燃料の取り出し・保管--。東京電力福島第1原発1~4号機の廃炉処理について、7日に内閣府原子力委員会の専門部会が報告書をまとめたのを受け、年明けから廃炉作業が本格化する。79年のスリーマイル島原発(TMI)事故と同様、水で放射線を遮蔽(しゃへい)したうえで溶融した核燃料の回収を目指す。しかし、「人間が踏み込んだことがない領域」(東電幹部)の作業が連続することは必至で、完了には30年以上の歳月を要する見通しだ。山積する課題を探った。【中西拓司、西川拓】
福島第1原発の廃炉処理は、1~3号機の原子炉内に残る燃料計1496本と、1~4号機の使用済み核燃料プール内の計3108本をすべて回収することが鍵となる。政府と東電は、16日に原子炉の「冷温停止状態」を宣言するのに前後して詳細な計画を発表し、年明けに着手する。
「最初にして最大の関門」(専門家)となるのが、放射線を遮蔽するために格納容器全体を水で満たす「冠水(水棺)」だ。そのためには格納容器の損傷部分を特定して修復する必要があるが、容易ではない。1号機原子炉建屋内では最大毎時約5000ミリシーベルトを検出。致死レベルに相当する線量だ。
東電は4月に発表した工程表で、いったんは冠水して事故収束を目指す方針を発表したが、その後の事故解析から、1、2号機の格納容器には水素爆発などで最大50平方センチ相当の穴が開いていると判明。5月に発表した工程表では格納容器の修復を断念し、冠水を中止した経緯がある。
さらに、崩れ落ちた燃料を遠隔操作で回収する作業も困難を極める。原子炉内は長時間にわたって「空だき」が続き、1号機ではほとんどの燃料が溶けて圧力容器底部から、格納容器内に落ちているとみられる。
燃料1本当たり約170キロのウランが含まれており、原子炉内だけでも単純計算で254トン(ドラム缶換算で約1270本)のウランを回収する必要がある。格納容器の上ぶたから底部までは最長35メートル。その距離から、遠隔操作クレーンでバラバラの溶融燃料を切断・回収しなければならない。しかも、それらは燃料を覆っていた被覆管の金属や炉内の部品と入り交じっている。
「廃炉作業を前倒しし、早期に完了すべきだ」。福島県の佐藤雄平知事は、6項目からなる意見書を専門部会に提出したが、7日の専門部会は「できる限り早い時期に実現できるよう関係者に要望する」などの文言を報告書に追記しただけで、踏み込んだ回答はできなかった。「原子炉内をだれも見たことがない以上、報告書に盛り込んだ回収開始時期は、すべて努力目標でしかない」。専門部会長の山名元(はじむ)・京都大原子炉実験所教授は7日、こう語った。
◇「スリーマイル」が参考に
◇溶融燃料を分析、処分方法研究へ
「79年のスリーマイル島原発(TMI)事故の経験が生きる」
日本原子力研究開発機構原子力科学研究所(茨城県東海村)の永瀬文久・燃料安全研究グループリーダーは話す。同研究所はTMIの溶融燃料を保管する国内唯一の機関。福島第1原発の廃炉作業の参考とするため、近く処分方法などの研究を本格化させる。
TMIの燃料は、経済協力開発機構(OECD)の国際共同研究のため91年に日本に輸送された。深さ15メートルのプールに、アルミの密閉容器に収められた燃料約60個(計2・8キロ、大きさ0・1~200ミリ)が保管されている。ウランと燃料を覆う被覆管の材料ジルコニウム酸化物が混じり、冷えて固まった溶岩状をしている。これまでの研究で組成や形状などのデータが得られ、切断や回収のための器具開発に役立つという。
TMI事故では、燃料の45%に当たる約62トンが溶融、うち20トンが圧力容器下部に落下、最大1メートルの厚さで堆積(たいせき)した。作業員が格納容器内に入ったのは事故から1年後の80年。すべての燃料を回収できたのは90年だった。
旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)はほとんどの燃料が炉外に吹き飛んだため、建屋をコンクリートで覆う「石棺」で廃炉にされた。TMIは圧力容器の中で燃料がとどまったが、福島第1原発の場合、1~3号機で圧力容器が破損。1号機では格納容器の底にあるコンクリートの床を侵食し、より深刻だ。
しかもTMIは原子炉1基だけの事故だが、福島第1原発は1~4号機で起きた。専門部会委員の早瀬佑一・東電顧問は「廃炉処理が同時並行で進むとは思わない」と話す。
TMIの廃炉を指揮したロジャー・ショー元TMI放射線管理部長は「微生物の大量発生で炉内に入れたカメラが役に立たなかったりと予想外の事態が発生した。福島の作業は数倍困難で、信じがたいほどの努力と国際レベルの最高の知恵が必要だ」と助言する。
毎日新聞 2011年12月8日 東京朝刊