http://sky.geocities.jp/gere_mb0708/
恐いもの見たさとでもいえばいいのでしょうか。
もう、田中泯さんが画面に映ると、とくに額のところに目が釘付けになって離せません。(笑)
なんで龍馬伝の土佐藩士の月代(さかやき)はあんなに細いんでしょうね。
東洋先生に至っては、不自然にロマンスグレーの縮れ毛が額に残っていて、これがまた悪役度アップでもの凄い良いです。
しかし、私、この人を知らないんですね。
それでウィキしてみました。
…ダンサー!?
どうりで武市先生を蹴り上げる足捌きが素敵だと思いました。(笑)
それにしても、映画やドラマの経験がほとんど無いくせに、あの濃い~岩崎弥太郎さえ霞んでしまうほどの濃さ。
龍馬さんが薄味なものですから、なおさら濃さが目立ちますね。
世の中には、すごい人がまだまだいるものですね。
殺さずにずーと出ていて欲しいくらいです。(笑)
それにしても、連戦中の龍馬伝は加尾も佐那も出てこない見事なまでの「男祭」。(そっちのケはないですよ)
第11回の武市道場のシーンで、薄暗い埃の中に、白目だけがギラギラとする男たちのシーンなどは、去年のアホ大河を思い出すと涙さえ出てきそうなほど秀逸です。
「コレだよ、コレ」なんてつぶやいちゃいましたもん。
ただね、映像の良さに騙されちゃいけません。
なんとなくの雰囲気で「良い大河」のように感じちゃうかもしれませんが、冷静になってみてみると、武市先生はなんで「攘夷!攘夷!」と叫んでいるのかが分かりません。
あんな墨でデカデカと「攘夷」なんて、「愛羅武勇」とあんまり変わらないんじゃないかとさえ思ってしまいます。
ちなみに、この間の時代は安政→万延→文久となるわけですが、
その間に
安政7年 桜田門外の変
万延元年 和宮降下勅許
文久元年 ロシアの対馬占拠
などなど、日本の内政・外交とも大揺れなわけで、そういう描写があれば武市先生や土佐勤王党などの焦りなども分かると思うのですがいかがでしょう。
攘夷の理由は、久坂玄瑞(申し訳ないけど、あの配役・あの演技でいいの?)さんが、煎餅と饅頭を使って分かりやすく説明してくれましたけど、金・銀・銅の交換比率の日本国内と外国との差による外国の儲けというのは、江戸幕府ができる前からの問題でして、あれを攘夷の理由とするのはいかにも弱すぎる。
幕末の男たちの沸騰の理由を「金」にするのは違うでしょ。
「尊皇」「攘夷」「開国」「倒幕」…、幕末の男たちにはいろいろなベクトルが指し示され、それぞれが信じる方向に突き進んでいった結果としての激突になるわけですが、そこにあるのは「義侠心」だったり「浪花節」だったりという、足し算・引き算・掛け算・割り算では計ることのできないものなんじゃないかと思います。
幕末は理屈じゃないんだよ。
そこらへんが良く分かっているのも実は東洋先生で、
「ワシはお主が大嫌いじゃ!狭い了見でしか物事を考えられんクセに、自分の考えは正しいと思いこんじゅう!」
なんて小理屈をぶっ飛ばすセリフを吐いてしまうわけですが、武市先生に華麗なステップを食らわすついでに、脚本家先生と演出家先生らにも喰らわして欲しいものだと思いました。