おいしいとこ取り、唐突指示…「歪んだ原発政策」垂れ流し
2011.8.26 09:41
東日本大震災で起こった東京電力福島第1原子力発電所の事故は、事故そのものへの対応だけでなく、原発政策の迷走となって日本を揺さぶった。円高とともに日本の産業を空洞化に追い込んできた菅政権の失政を検証する。(小雲規生、坂本一之)
■「おいしいとこ取り」
「それでいこう」
首相の菅直人はあっさりゴーサインを出した。福島第1原発事故発生から2カ月近くたった5月6日夜。菅は緊急記者会見で、中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止を宣言した。
菅は2つ「おいしいとこ取り」をした。1つは、発表役を経済産業相の海江田万里から奪ったこと。これはいい。だが、もう1つは重大だ。菅は政府内部で決めた浜岡停止の「前提条件」にはほとんど触れず、「歪(ゆが)んだ原発政策」を垂れ流し始めたのだ。
「前提条件」はその1カ月前に動いていた。3月30日、政府は全国の原発を対象に「緊急安全対策」を指示。これで津波による事故発生を防ぐ当面の手立ては整い、定期点検中の原発は安全性を確保したはずだった。ただ、海江田は浜岡を例外中の例外と位置づけていた。東海大地震で大津波を受ける可能性が高い。だから浜岡だけ「さらなる安全性確保のため運転を停止すべきだ」と、菅に説明したつもりだった。だが、菅は「浜岡は危ない」というメッセージを垂れ流し、浜岡以外にも危ない原発があるとにおわせ、衝撃となって日本を包みこんだ。
■信用失墜
「到底、国民の理解が得られるものではない」
13基の原発を抱える福井県知事の西川一誠は、この首相会見に不満を爆発。原発建設に積極的だった福井県は態度を百八十度変えた。以来、西川は「具体的な安全基準を国が早急に示すべきだ」と、国を突き放した。福井の変化は他の自治体にも波及し「電力不足」は全国に拡大した。
この会見と前後して菅は「福島第1原発」への関心を失い、「脱原発」路線に突き進んだかに見える。
第1原発での失敗を「脱原発」でごまかそうとしているのではないか-。そんな臆測も飛び交った。
結局、菅が「安全宣言」を無視したことで、原発再稼働に向けた環境はもろくも崩壊。再稼働で夏場の電力需要を乗り切ろうとした対策に影を落とした。
■「追い打ち」
菅の独り相撲はその後も続く。7月7日。資源エネルギー庁幹部は国会の首相答弁を聞き、天を仰いだ。
「ストレステスト(耐性検査)も含めて基準を設け、それをチェックすることで国民の皆さんに理解をいただける」。テレビで菅は自信満々に答弁した。
ストレステストは、原発がどの程度の災害まで耐えることができるかを確かめるための検査手法。原子炉強度のデータをもとに計算で結果を出すため、原発が稼働中でも実施可能だ。
だが、菅はあえて再稼働の前提条件とすることにこだわった。この過程で、原発事故対策の中枢であった首相と経産相は、対立関係に落ち込んでいく。
「原子力安全委員会と話をしているのか!」
6月29日。菅は携帯電話で海江田を怒鳴り付け、九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働にストップをかけた。海江田が玄海原発の地元自治体に出向き、再稼働の見通しがたったところだった。だが菅は「脱原発」を政権の成果にしようと必死で、海江田の話を聞く姿勢はなかった。
翌日、ストレステストを実施せよとの唐突な指示が菅から海江田に下された。
「ストレステストが必要なら、浜岡停止発表の時点で指示を出すべきだ。誰かに吹き込まれて、急に言い出したんじゃないか」
経産省幹部は菅の無軌道ぶりに驚き、あきれた。
■さらなる迷走
「政府の方針がフラフラしている以上、原発再稼働の検討は進められない」
佐賀県知事の古川康は記者団に菅への不信感をあらわにした。古川は浜岡停止後も再稼働の道を探っていた数少ない知事。海江田は玄海原発再稼働を狙い、6月末に古川や玄海町長の岸本英雄と面談し、岸本からは同意を引き出していた。
それを菅が壊した。
「菅は電力不足を解消するつもりがない」(メーカー幹部)と産業界は一斉に態度を硬化。経団連会長の米倉弘昌は、訪問中の英国で語気を荒く批判した。
「企業の協力が否定されている。海外移転がますます加速するのではないか」
■心のない謝罪
「1千万戸の家屋に太陽光パネルを設置する」「電力会社に全量買い取りを義務付ける固定価格買い取り制度をやる」。菅が「脱原発」を言えば言うほど、福島第1原発事故への積極的な言動は影を潜めた。
27日、菅は福島県に出向き、土地借り上げなど原発周辺住民への支援策について説明する予定だ。
おそらく菅は頭を下げるだろう。だが、「脱原発」でパフォーマンスを繰り広げてきた菅の陳謝が単なるポーズであることを、被災住民たちも十分に理解している。(敬称略)