社説:危険な原発から廃炉に 核燃サイクル幕引きを
自然は予測がつかない。原発事故は広い範囲に回復不能なダメージを与える。その影響の深刻さにたじろぐ5カ月だった。
地震国日本で重大な原発事故のリスクはこのまま許容できない。私たちは「原発の新設は無理」との認識に立ち、「既存の原発には危険度に応じて閉鎖の優先順位をつけ、減らしていこう」と提案してきた。
こうした仕分けを実行に移していくには、それぞれの原発のリスクの見極めが必要だ。
東京電力福島第1原発では、大津波が重大事故の引き金を引いた。備えの甘さや、初動の遅れなど、人災の部分は検証を待つ必要があるが、地震や津波のリスクはあらゆる原発で見逃せない。
私たちが「まず考慮を」と指摘した浜岡原発は、政府の要請に応じて停止された。東海地震の被害に予測不能の部分があることを思えば、今後は廃炉を考えていくべきだ。
◇老朽化がひとつの指標
ただし、忘れてはならないのは、大地震のリスクは日本中にあり、浜岡さえ止めれば安心というわけにはいかないことだ。「過小評価」と指摘されたことのある活断層の再検討はもちろん、津波堆積(たいせき)物などから過去の地震を積極的に推測し、考慮に入れる。それでも想定できない地震があることまで念頭に入れ、リスク評価することが大事だ。
「老朽原発」のリスクも多くの人が心配している。日本には法律で規定された原発の寿命はない。30年で老朽化の評価と国の認可を義務づけ、40年、50年と延命策をとる。背景には、新たな立地の難しさや、運転を延長するほど電力会社の利益になるという経済の論理がある。
しかし、古い原発には弱点がある。原子炉や発電所の設計に安全上の欠点があっても、新たな知識を反映させにくい点だ。構造物自体の経年劣化が見逃される恐れもある。
福島第1原発1~4号機はマーク1型の原子炉を使い、33~40年運転してきた。マーク1は米ゼネラル・エレクトリック(GE)社が1960年代に開発した旧型炉で、米国でも危険性を指摘する声があった。
福島第1原発では、重要な機器が津波の被害を受けやすい場所にあったり、ベント(排気)の不調が指摘されるなど、古さが事故の一因となった可能性が否めない。
国内54基のうち、運転開始から30年以上40年未満のものが16基、40年以上が3基ある。今後は、「40年以上」「旧型」を指標に老朽原発を廃止していく。30年を超えた原発も老朽化の影響を再検討すべきだ。
強い地震動に揺さぶられたリスクも徹底検証すべきだろう。今回の地震でも福島第1以外に、東北電力女川原発などで一部の揺れが耐震指針の想定を上回った。07年の新潟県中越沖地震で想定を超えて揺れた東電柏崎刈羽原発についても、福島の経験を踏まえた再検討が必要だ。
こうしたリスクを認識した上で、私たちは既存の原発を一度に廃止することは現実的でないと考えてきた。他の電源で十分な電力供給ができない場合には、再稼働も必要となるだろうが、その場合には安全性を厳格に審査すべきだ。
◇総合的なリスク評価を
老朽化も含め、想定外の事象にどれほど余裕をもって耐えられるか総合的に評価し、リスクに応じた仕分けを行う。弱点を明らかにして対策を取り、安全対策コストが割に合わないものは廃炉につなげる。
国が進める安全評価(ストレステスト)は、それをめざしているはずだが、根本的に検討する姿勢が見られない。少なくとも福島の事故調査を踏まえて評価する。規制機関が信頼を失っている以上、独立した専門家チームの点検や、公開訓練なども求められる。
現在、原子力安全委員会は、福島の事故で不備が明らかになった安全設計審査指針や耐震指針などの抜本的見直しも進めている。これが終わらないうちは、政府のストレステストに「合格」しても、仮免許にすぎない。そうしたこともよく説明した上で、地元や国民の判断をあおぐ必要がある。
建設中の原発についてもそのまま進めることには疑問がある。凍結してリスクを再評価すべきだ。新設はせず、今後の政策を考えたい。
こうしたリスク評価の際に気をつけなくてはいけないのは、「動かすために、リスクを低く見積もる」という落とし穴に陥らないようにすることだ。あくまで、「リスクに基づき、動かすかどうかを判断する」という姿勢に徹しなくてはいけない。
今回の事故では防護壁のない使用済み核燃料プールの危険性も明らかになった。小手先でない安全策を取ることも求めたい。
日本はこれまで、核燃料サイクルを原発政策の要としてきた。原発で燃やした後の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、高速増殖炉で燃やす政策だ。
しかし、今回の大事故が起きる前から核燃料サイクルの実現性と安全性には大いなる疑問があった。サイクルの両輪をなす再処理工場(青森県六ケ所村)と、高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)は、いずれも度重なるトラブルで、将来の見通しが立たない。
◇研究拠点・人材を福島へ
再処理工場は当初97年に完成予定だったが、すでに18回延期され、コストは3倍近くに膨れ上がった。もんじゅは、運転開始直後に火災で止まり、昨年、14年半ぶりに起動したとたんに事故を起こした。もんじゅの先にある実用化は予定が公表されるたびに先延ばしになり、実現性は見えない。
二つの施設が抱えるリスクも見逃せない。再処理工場では大量の使用済み核燃料がプールに保管されている。もんじゅは、冷却材に水ではなくナトリウムを用いる。ナトリウムは水と反応して激しく燃える。福島のように冷却機能が停止した場合に、外から水をかけ続けて冷やすことはできない。
政府は先月「減原発」の方針を示した。原発を減らしていく以上、核燃料サイクルは、すみやかな幕引きに向かうべき時だ。サイクルにかける費用は、福島対策に回した方がいい。使用済み核燃料は直接処分する。再処理してもしなくても最終処分場の場所探しは困難だが、原発を減らしていけば、たまり続ける使用済み核燃料の増加も抑えられる。
サイクルをやめても国内外で再処理した日本のプルトニウムは推定で40トンを超える。核不拡散の観点から、その処理方策も早急に考えたい。
原発や核燃料サイクルからの脱却を進めていく際に人材が失われることを危惧する声は強い。当面の間、原発を動かし続けつつ、安全で効率的な廃炉を進めるためには、一定の人材を育成・確保しておかなくてはならない。
そのための工夫を考える必要がある。たとえば、福島を原子力安全や廃炉技術、放射線管理や放射性物質の除染などの研究拠点とし、世界から人材を集める。そこで得た知識を国際的に役立てることを考えてはどうだろうか。
今後、世界では原子炉の安全管理や廃炉技術の重要性が増す。日本が今回の経験を生かすことは事故を起こした国の責任でもある。
毎日新聞 2011年8月2日 2時30分(最終更新 8月2日 13時53分)