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八幡山の会所の中に入ってきました。使いである鳩の新旧が揃っています。ここではいつも鳩鈴を買っているのですが、何が揃っているのか分からなくなりました。会所の小学生くらいの女の子が、一生懸命に考えてくれて、今年は「小」を買いました。
昔の祇園祭を目指すためか、前祭よりも屏風祭も盛んです。屏風があることにも驚きですが、飾ることのできる家の広さや、なによりも片付いていることに驚きます。(笑)これらのものも、保存状態が良ければ、何百年後には国宝や重文になるのかもしれません。
新町通に北から突入です。去年と比べて、八幡山の幕の多さに気合を感じます。後祭のコンセプトが、昔の祇園祭ということなので、このように提灯や幕を多く張っているのでしょう。
役行者さまの腰掛けていた石だそうです。肩凝りや腰痛を取っていただけるとのこと。しかし、京都にはびんずるさんといい、肩凝り・腰痛・膝痛をとってくれるものの多いこと多いこと。(笑)
やっぱり室町通に山鉾がいっぱい並んでいないと迫力ありませんね。一番北側の役行者山。御神体3体は、最近柔らかく感じます。ここで、集印の手ぬぐいを配っているところを確認し、作戦を変更して新町通に行くことにしました。
山の上が桜に覆われている黒主山。日暮れてきて、駒形提灯に明かりが灯ってきて雰囲気が盛り上がります。会所では、いつものお爺さんが黒主山の由来などを解説しています。何度聞いても、新しい発見があります。
本当は大船鉾から行く予定だったのですが、至る方向が一方通行で、流れ流れて鯉山からスタートになりました。前祭では会所を開いているだけなので御神体の鯉はいらっしゃいませんが、後祭は主役なので置かれています。すっかり忘れていましたが、後祭にはご集印巡りがあるのでした。台帳をゲットしたので、大急ぎでまわります。(笑)
このような展示をやっていました。現在の祇園祭の源流ともなる、剣鉾祭に使われるものなのだそうです。写真はNGでしたが、1枚撮らせていただけました。北白川の天神宮と八大神社のものだそうですが、京都にはこのような剣鉾が300体もあるそうです。
車を移動させて、祇園祭後祭参戦です。駐車場からポコポコ歩いていると、伯牙山の会所の前。祇園祭の山鉾の建つところには、このように目印となる石が埋めてあります。
五重塔も別料金。前は近くまで行けておおらかだったのですが、最近は厳しいです。時間があるときに、また行こうと思います。
東寺の御朱印を頂きました。いくつかの御朱印があるのですが、今回は弘法大師さまの御朱印です。これから何回かに分けて頂こうと思います。
御朱印を頂きに食堂へ。食堂と書いて、「しょくどう」ではなく「じきどう」と呼びます。金堂が「仏」、行動が「法」、そして食堂が「僧」を表し、仏法僧を表します。中には十一面観音像と四天王。四天王さんは、昭和の火災で焼けてしまい、かなり炭化した状態ですが、観音様をお守りしています。足元の邪気はあまり焼けておらず、可愛らしい感じです。
御祭神は、地主神とも大己貴神(おおむなちのみこと)とも言われています。大黒様ですね。八島は第八州瑞穂国に由来しているそうで、ここでも出雲大社が連想されます。
南大門までやってきました。ここの入り口に、前に買い損なった白い小皿があったので来てみました。今回は微妙にヒットしなかったのでパス。
中に入るは有料ですが、外からも見ることが出来ます。薬師如来さまと日光・月光菩薩さまがいらっしゃるので、外から参拝。台座の十二神将も見事です。
有料ですし、今日は立ち寄りませんが、改めて講堂内の立体曼荼羅は参拝したいです。風が強くて、土ぼこりが立っています。空が青くて気持ち良いです。
秘仏の不動明王さんの前では護摩焚きをしていました。写真だと分かりにくいですが、もうもうと煙が上がっています。もう長い間開けていないそうなのですが。
父が亡くなって間もないこともあり、御影堂に上がらせていただき手を合わさせていただきました。元々距離があった父ですし、家を出て久しいですから実感は湧いていません。でも、恩は恩として忘れずにいたいと思います。
久しぶりに東寺市に来ました。イオンモール京都で時間を食ってしまい、結局は終わる間際になってしまいました。それでも、閉店間際で値引いてもらってラッキーでした。
イオンモール京都の和蘭芹に来てみました。北山とは客層が違いますね。女性客ばかりなのは変わりませんが子供連れが少ないです。北山では、ドリンクとデザートは別料金でしたが、こちらではそれらも込みでランチ本のおかげで1000円。でも、食べるなら北山の方が落ち着いて良いですね。味も良いように思います。
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