公開された資料で判明 報じられなかったプルトニウム「大量放出」の事実
2011年09月06日(火) 週刊現代
「このリストを見れば、原子炉というものがいかにわけのわからない放射性物質を詰め込んで稼働していたかわかる。検出されている核種は、広島の原爆で検出されたものとは比べものにならないほど多い。あらためて原子炉の危険性を教えられた気がします」
放射化学が専門の名古屋大学名誉教授・古川路明氏は一枚のリストに目を通して、こう語った。
このリストは福島第一原発事故直後から3号機が爆発した後の3月16日までに、どれだけの放射性物質が大気中に放出されたかの試算を原子力安全・保安院がまとめたものだ。それによると、放出された放射性物質は全部で31種類。そのなかには半減期が「2万4065年」のプルトニウム239や、ストロンチウム90なども含まれている。
プルトニウムはセシウムや放射性ヨウ素と比較すると重く、東京電力が3月28日に、原発敷地内でごく微量を検出したと発表した以外、実際にどれくらいのプルトニウムが放出されたのかも明らかになっていなかった。ところが、リストに記載された試算値では、プルトニウム239だけで合計32億ベクレルが大気中に放出されたというのである。セシウム137にしても、京都大学原子炉実験所の小出裕章助教によれば、「広島原爆の150発分が放出されたことになる」というから衝撃的だ。
神戸大学大学院海事科学研究科・山内知也教授が言う。
「プルトニウムの場合、ホットパーティクルと呼ばれる微粒子を体内に取り込むと、外部被曝に比べて数百倍の危険性があると言われています。今回の原発事故では、一部の研究者が福島第一の周辺でプルトニウムを検出済みですが、これは冷戦時代の核実験の名残りでは、という意見もあります。ただ、リストを見るとどこかに濃く残っているのかもしれません。
このリストで、私がより心配になったのは、内部被曝すると骨の中心にまで入り込んでしまうストロンチウムです。これまでいろんな研究者が土壌調査などをした結果を見て、さほどストロンチウムは放出されていないと安心していました。しかし、試算値を見るとまったく安心できない。セシウムに比べてストロンチウムは100分の1程度の量ですが、その危険性はセシウムの300倍と主張する科学者もいます」
これほどの情報を隠していたのかと思うかもしれないが、実はこのリスト、保安院が6月6日の会見で記者たちに配布した資料の一部。震災4日前に東電から「10mを超える津波が来る可能性がある」と報告を受けながら、5ヵ月以上もそれを隠し続けていた保安院だが、こちらは歴れっきとした公開資料だ。ところが、新聞やテレビの報道をチェックしても、プルトニウムやストロンチウムが放出されたと報じたものは皆無。なぜ、このニュースが国民に知らされなかったのか。
この日、会見で記者たちに配布された資料は全54ページの「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号機、2号機及び3号機の炉心の状態に関する評価について」と題するもの。これはIAEA(国際原子力機関)に提出する報告書の概要を記したもので、記者たちの注目は地震からわずか5時間でメルトダウンが起きていたという点に集まった。
当日の会見に出席した全国紙社会部記者が語る。
「確かに分厚い資料が保安院から配られた気がするけど、中身はグラフや化学記号が書かれた表ばかりで、一読しただけではわからない。それより、メルトダウンの時間を隠していたんじゃないかっていうことのほうがわかりやすいから記事にしやすい。だいたい、そんなに凄いものなら、保安院もそう言えばいいのに、彼らからリストについて説明があった記憶もない」
一方、原子力安全・保安院側はこう言う。
「6月6日午後は、政府・保安院・東電・原子力安全委員会の合同会見を行っており、そこで安全委員会の加藤重治審議官から、ご指摘のリストについて、プルトニウムやストロンチウムが検出されたことを一応は説明しています。これについて、記者からの質問はありませんでした」
あくまで保安院側は公表したのだから、報じるかどうかはメディアの勝手ということだろうが、積極的に伝えようとした形跡はない。それにまんまと乗せられ、こんな重大情報がスルーされてしまったのだ。
「我々のような専門家が、このリストを見れば、ルテニウムのように肝臓がんや腎臓がんを引き起こすとされる放射性物質が検出されていることもわかるが、記者にはそこまでは無理でしょう。ただ、プルトニウムやストロンチウムが大量に放出されていることくらいは警告すべきだったと思います」(前出・古川氏)
リスト自体は保安院のHPを探すと確かに公開されているが、何の情報もなく見つけるのは不可能。膨大なゴミ情報の中に不都合な情報を紛れ込ませるのは官僚の常套手段だ。国民に本当のことを伝えない行政、それに荷担した格好の記者たち。危険にさらされているのは国民の命である。
『週刊現代』2011年9月10日号より