特集ワイド:東日本大震災 プルトニウムとストロンチウム検出 健康被害、割れる見解
◇飯舘や双葉でプルトニウム ストロンチウムは横浜でも
毒性が強い放射性物質プルトニウムが福島第1原発から数十キロ離れた土壌から検出された。約250キロ離れた横浜では骨に蓄積されて健康被害を及ぼすとされるストロンチウムも出てきた。いったいどういうことなのだろう?【宍戸護】
◇大丈夫?それとも…
「『プルトニウムは大きくて重い元素だから、遠くには飛ばない』なんて報道が事故直後にあったけど、環境放射能研究をまじめにやった人は誰もそんなことを言わない」。脱原発を目指すNPO原子力資料情報室理事の古川路明・名古屋大学名誉教授(放射化学)はそう切り出した。
文部科学省が6~7月、原発80キロ圏内100カ所で土壌調査をしたところ、今回の事故の影響とみられるプルトニウム238が、福島県飯舘村と双葉町、浪江町の6カ所で検出された。原発から45キロの飯舘村では1平方メートルあたり0・82ベクレル、浪江町では4ベクレル、双葉町では0・57ベクレル▽プルトニウム239と240の合計は南相馬市から15ベクレル出た。
古川教授は「少なくとも238は爆発事故が原因でしょう。原子炉内で熱せられたプルトニウムが水に触れて細かい粒子になり、爆発時に水蒸気と一緒に飛んだと考えられます。とはいえ、気体になる放射性ヨウ素とは違い、粒子状なので100キロ先までは飛ばないでしょう。健康影響もこの値ならばそれほど気にしなくていい」と説明する。
ちょっとほっとする。しかし、238、239、240などいろいろあり、ややこしい。名著と呼ばれる「プルトニウムの恐怖」(高木仁三郎著、岩波新書)を手にした。
プルトニウムは1940年、米国の研究者がウランから人工的に作り出した元素で、冥王星(プルート)にちなんで名付けられた。「原発ではウランを燃やした副産物としてプルトニウムは必ず生じる」とある。
プルトニウムの仲間の多くは、遺伝子をひどく傷つける放射線のα線を出す。体外にある時は皮膚を40マイクロメートル(0・04ミリ)走れば止まり、体への影響はほとんどないが、体内に入ると、放射性セシウムとは比べものにならないほど細胞や遺伝子を傷つける。飲んだり食べたりしても、胃腸から吸収されずに排出されやすいが、呼吸から肺に入ると長くとどまり遺伝子を傷つけ、一部ががんとなっていく。寿命により種類が分けられ、主に問題とされるのは238~244。放射能が半分になる物理的半減期は238=87・7年▽239=2万4100年▽240=6570年……とても長い。
厚生労働省が3月17日に自治体に通知した「飲食物摂取制限に関する指標」によると、プルトニウムの指標は、飲料水・牛乳・乳製品で1キロあたり1ベクレル、野菜・穀類、肉・卵・魚・その他で同10ベクレル。放射性セシウムはそれぞれ200ベクレル、500ベクレルで、いかにプルトニウムの毒性が高いか分かる。吸入についての制限はない。
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本当に健康被害はないのか。千葉市の放射線医学総合研究所を訪ねた。対応してくれた石原弘・体内汚染治療室長は「健康リスクを考えるには桁が違います」とキッパリ。239と240は加算して測定されるが、「15ベクレル」は過去の核実験で降り注いだものと同じ程度で、今回の事故によるものかは判別できない。238の「4ベクレル」は今回の事故によるものだが、健康への影響は考えられないという。
石原室長も「吸入は危険だ」と言う。プルトニウムは肺に入り、一部が肝臓に移動し、最終的には骨に沈着する。新陳代謝による生物的半減期は肺は不明、肝臓約20年、骨約50年。ネズミや犬に大量に吸入させると、肺がんや骨肉腫が現れるという。
ではどれくらいの数値から健康への影響が出るのか。「プルトニウム238を910ベクレル以上吸い込むと、がんになる可能性がわずかに増えるとされています」。238を910ベクレル吸い込むと、50年で累計100ミリシーベルトに達するという。
石原室長は「今回の事故で出たプルトニウムはすでに土の中に入り込んでおり、人体に取り込むのは難しい。事故直後に吸ったとしても健康に影響する量になるとは考えられません」と説明した。
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文科省の調査で、同時に検出されたストロンチウムはどうか。ストロンチウム89は79キロ離れた福島県白河市など調査地点の半数近くで検出し、浪江町では1平方メートルあたり2万2000ベクレル。90は双葉町で5700ベクレルを検出した。また250キロ離れた横浜市は、港北区で90が1キロあたり195ベクレル検出されたと発表した。ストロンチウムはカルシウムに似て水に溶けやすく、植物に吸収されやすい。体内では骨に蓄積され、白血病を誘発するとされる。物理的半減期は89が50・5日、90は29・1年、生物的半減期はともに16~26年との報告がある。
脱原発を訴えるNPO「環境エネルギー政策研究所」の飯田哲也所長に聞いてみた。飯田所長は「ストロンチウムはいわゆる死の灰の代表的なもので放射線はβ線を出します。国は、γ線を出す放射性セシウムしか測っていなかったから、これまで検出されなかった。ストロンチウムの値は被ばくの観点からは驚くべき数値ではない。ただ横浜で検出されたということは、東京、群馬、長野などでも出ていると考えた方がいい」と話す。
文科省はようやく放射性セシウムの航空調査の分布を発表したが、飯田所長は遅すぎると憤る。「横浜市のストロンチウムも市民が最初に動いて見つけたでしょう。いまだに汚染と被ばくの実態が分からない。国や自治体は地上からきめ細かいローラー調査をし、あらゆる種類の放射性物質について測定すべきです。α、β線は測定に時間がかかるからといって地域限定やサンプルの粗い調査をすべきではない」
プルトニウムを含めた放射性物質の健康への影響についても、年100ミリシーベルトの安全値を持ち出す専門家は信用できないという。「安全だと確認できていないものは安全値なしでいきましょうというのは、各国の法令の基礎になっている国際放射線防護委員会(ICRP)も含めた標準です」。原子力安全委員会事務局にも聞くと、「(微量の放射性物質の健康影響は)疫学レベルでは証明できておらず、プルトニウムが910ベクレルまで大丈夫という立場はとっていない」と話す。
古川教授はこう語る。「あらゆる物質で、敏感な人とそうでない人がいる。動物実験をいくらしても人体実験はできないから、放射性物質によるがんの発生率の本当のモデルは立てられないのです」