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二ノ鳥居をくぐると、すぐ右に学舎があります。学舎の中には、「御所車」と題された生け花が飾ってありました。ちょっと夕日で綺麗に撮れませんでした。
昨日に引き続き、上賀茂神社さんに来ました。昼過ぎまで妻の用事があったので、案の定、パン祭や神山湧水珈琲などの企画には間に合いませんでした。途中で、到着は3時半になることが分かったので、出町の岡田商会に寄ってしまったのが失敗。パン祭も神山湧水珈琲も4時くらいまでやっていたようです。今日は、本殿前まで行ける最終日ですが、良い天気になりました。
10月15日に上賀茂神社は式年遷宮を行いました。それに合わせて、16~18日にかけて、夜間参拝できるそうなので行ってみました。一の鳥居の入ったところで提灯を頂いての参拝です。もっとも、明るさは十分ですし、提灯の灯りは心もとない感じなので、雰囲気だけですね。(笑)直前に電話で確認すると、提灯の貸し出し受付が8時までとのことなので、8時過ぎても参拝できるのかと思っていたら、拝殿についたのは8時。残念ながら、本殿の前には入れませんでした。また明日。
一宮の元祖たんめん屋を目指していたのですが、待ちが出るほどの混雑。駐車場もいっぱいで困っていたところ、ちょっと奥にちゃんぽん家の看板があったの覗いてみたところ、こちらも混雑。でも、車は停めれたのでチャレンジしてみることにしました。 初めてのお店なので、オーソドックスに長崎ちゃんぽんと長崎皿うどん。しかし、メニューを見るとトマトちゃんぽんとかベトコンちゃんぽんとかカレー皿うどんなどなど、ちょっと興味の魅かれるもの多数。ここは何回か通っていろいろと食べてみたいお店になりそうです。 ちゃんぽんも皿うどんも、王将で食べることが多いので、その感覚で炒飯まで頼んでしまいましたが、来てみると量が多い!私も妻も、年齢の割には大食いだと思いますが、ちゃんぽんと皿うどんで腹いっぱいになってしまいました。ちゃんぽんの有名店でも、ちゃんぽんと皿うどんはほとんど同じ味付けが多いと思いますが、ここはアジも別々になっていて飽きません。腹いっぱいになってねじ込んだ炒飯ですが、パラパラに炒めてある昔ながらの味付けが懐かしく、最後まで美味しく頂けました。次はベトコン飯にも挑戦したいものです。
寝ながら岩盤浴をやろうと、お馴染みの龍泉寺にやってきました。昼間から風呂に入るのは久しぶりです。しかも、寝たいなら車の後ろのベッドで寝てしまうのですが、こんなことができるのは名古屋に来た時くらいです。結局、2時くらいに入って、出たのは9時過ぎでした。水分を摂りながら、汗を流しまくって、身体中の凝りも取れたようで身体が楽になりました。 しかし、早い時間にお風呂に行くと、マナーは一段とぐちゃぐちゃですね。分からないのが、なんでビシャビシャのままにお風呂から上がれるのだろう。脱衣場をびしょ濡れにして、なんとも思わないのだろうか。もしくは、自分が脱衣場に入るときや出るとき、床がビシャビシャだったら気にならないのだろうか?あと、自分の子供や孫に泳げと促す大人。友だちとシャワーを掛けあう若者。ここは、入浴が大人500円、岩盤浴が200円と安いこともあるのですが、近郊でも格安の入浴施設もできており、この金額を維持してもらうには、利用者のマナーは不可欠だと思うのですが…。 泉質はアルカリ性単純温泉Ph9.3 シャンプー類・ドライヤー完備。ロッカーはコイン返却式です。
JSBC名古屋場所開催です。パンフを見たら、最終日の先着100名に、高鷲ダイナのリフト券500円購入券が貰えるということなので、早朝からアタックしてみました。朝7時。前方にはテントもあります。警備員さんが言うには、前日12時のオープンして、並んでいた人たちが入ってすぐに並び始めたそうで、24時間並ぶことになるのだろうとのこと。お目当ては、ウェアー半額券なのでしょう。それにしても、昔は先着100名にリフト券をタダで配ったり、ボード500円とかやっていたので、だんだんと縮小傾向です。パンフの方も、ウェアー類1万円以上購入で1000円割引券のみ。昔のように抽選券は付いていません。まあ、関東で見ていたら、1人で10回くらいやっている人もいるので仕方ないでしょう。 吹上ホールの2階での開催は、かなり寂しい傾向があります。また、去年の様子を見ていると、高鷲ダイナなどは11月・12月となるにつれて前売り券の価格が上昇していくので、今年は早めに購入することにしました。各ゲレンデのブースは、3年くらい前に来た時よりも少し多め。マックアースと駐車場開発がレシート抽選で、他は1人1回。マックアースの方はレシートの回数分だけできるので、けっこう高配当でリフト券を頂けましたが、同じ回数を引いた駐車場開発は0。めいほうが欲しかったなぁ。徹夜なので、1時間くらいで撤収しました。
断層の入っている牧場は「よしざわまさみ」という名前からも希望の牧場なのでしょう。4年を越えているのに、随分ときれいな状態の断層ですね。いろいろなところから情報を得ていたつもりですが、知らないことはまだまだあるんですね。放射線の牛への影響は無いという政府見解ですが、牛には白斑が出ています。久しぶりに、胸が苦しくなる画像でした。http://www.dailymail.co.uk/news/article-3263714/Destroyed-man-reclaimed-nature-Amazing-images-reveal-exclusion-zone-Fukushima-abandoned-overgrown-wilderness.html
これはスーパーの中なのだろうか?東日本大震災によって落ちた本を片づけるヒマもなく非難をしたのでしょう。2枚目の写真は、奥にショッピングカートが置いてあることからも、それなりの大きさがあるのでしょう。もう、ここの支配者は人ではなく、蜘蛛のようです。現在も封鎖されている地域ということなので、もう捨てることもできない状況なのでしょう。http://www.dailymail.co.uk/news/article-3263714/Destroyed-man-reclaimed-nature-Amazing-images-reveal-exclusion-zone-Fukushima-abandoned-overgrown-wilderness.html
同じ記事の写真2。フレコンバッグが整然と並べられていることに狂気を感じてしまいます。核のゴミが拡がっています。「被害者は可哀想」という発想からか、みな口をつぐんでいますが、放射性物質は「動かさない」が基本です。セシウムだけを測って、風評被害という消費者側を悪人呼ばわりして全国に流通させている現状が異常なのです。申し訳ないが、これらのゴミは福島で処理をして欲しい。原子力発電所の設置によって、大熊町・双葉町はもちろん、福島県にも多額の補助金が下りています。それは、こういうリスクも含めての金額ではないかと。引き受けてしまった以上、知らなかったでは済まされない話です。どこかがやらねばならぬなら、被害を最小限に留めるためにも、福島がやるしかないでしょう。申し訳ないとは思いますが…。http://www.dailymail.co.uk/news/article-3263714/Destroyed-man-reclaimed-nature-Amazing-images-reveal-exclusion-zone-Fukushima-abandoned-overgrown-wilderness.html
外国の報道からの写真です。1枚目のこの写真に目が釘付けになりました。福島第1原子力発電所へ向かう道に乗り捨てられた車列とのことです。2枚目以降の写真を見ると、車の向きが違っていたりと、不自然に感じるところもあります。グーグルマップで探してみたら、国道288号(都路街道)ではないかと推測。片側2車線の道?ではないかと思ったのですが、登坂車線などを考えたら辻褄が合うかもしれません。また、上中央で車列が途絶えていますが、この先がトンネルではないかと。ガイガーカウンターの数値は6.79μSv。もう、これらの車は使い物にはならないと思いますが、そこは日本政府。利用者が自分への健康被害を気にしなければ、走れてしまうでしょう。 http://www.dailymail.co.uk/news/article-3263714/Destroyed-man-reclaimed-nature-Amazing-images-reveal-exclusion-zone-Fukushima-abandoned-overgrown-wilderness.html
栗もち、鳴門金時のおはぎ、栗水無月の3種類。出町ふたばの和菓子は、いくらでも食えてしまうので危険です。2人で3個をペロリ。
栗水無月は、水無月に栗が乗っているだけですね。まあ、その水無月が美味いのですが。
ヒットだったのが、鳴門金時のおはぎ。正直、一押しです。甘みと塩みが丁度良いのと、中のご飯の炊き具合も良かったです。
最後は、メインの栗もち。今回はこれを買いに行きました。栗は素朴に蒸しただけですが、それが良い味になっています。
この秋にはもう一度は買いに行きたいです。
晴明神社の御朱印は、書いて頂けるわけではなく版になります。すべて版というのは初めてですが、それにはいわれがあるようです。御朱印を頂くと、版や墨が乾いていないこともあるので、あいだに紙を挟んでくださいます。晴明神社の紙には以下のように書かれていました。「当神社の朱印に施された「晴明社」の字は土御門晴雄(つちみかどはれたけ)卿が、安政元年(1854年)に揮毫され、神社に奉納されたものを版に起こしたものです。晴雄卿は、当神社御祭神、安倍晴明公から数えて34代目にあたる御後胤で、当時の陰陽頭(陰陽寮長官)でした。また、安倍家は 室町時代に天皇から姓を賜り、以後土御門家となりました。」いろいろな想いがこめられているものです。
ちょっと来ない間に、一条戻橋の周辺に手が加えられていました。先代の橋で使われていた欄干の親柱を境内に移したものなのだそうです。横の式神の影がちょっと薄くなりました。ここは、千利休が住んでいて、晴明井の水を使ってお茶を入れていたそうです。聚楽第の一角として与えられたようですが、その間の晴明神社はどうなっていたのか気になってきました。ちょっと古い地図を探してみようと思います。
今日は、仕事の前に晴明神社に来ました。最近、通りがかりにご挨拶をすることは多いのですが、境内に立ち寄ることが少ないので、きっちりとお参りをしたかったのです。五芒星は桔梗紋の一種になっているので、境内には紫と白の桔梗が植わっています。桔梗のシーズンは過ぎていますが、まだ少し咲いていました。
桂川に始めてきました。初めてのお店ですが、いきなりはまってしまって3000円近くの買い物をしてしまいました。タルタルソースが気に入ったのですが、あとから聞いたのですがサンクゼールの和食のお店なのだそうです。相変わらず、妻の味覚は恐ろしいです。なかなか良い店を見つけたようです。いもけんぴの塩味が、しみじみと美味い!
神事が始まるということで、三光門の外に出されてしまいました。関係者が見物客とケンカをしていて…。昔の車というのも、それなりに考えられていて、いろいろな工夫がされているものなんですね。間近に見ることが出来て、面白かったです。
御所車が本殿に横付けされ、御神体が移されている途中まで見て、畏れ多いので途中より拝殿前に移動。よく分からないなりにたくさんの人が入ってきています。続々と行列に参加した人たちが入ってきているのが見事です。歩きながらの雅楽が見事でした。
荷担茶屋の2人が目の前で独特の歩み方を見せて頂きました。上七軒からそのまま境内に向かうものと、御前通を南下して正面から入るものと分かれるようで、良く分からなかった割には良いポジションをとれたようです。花笠は目の前で回ってくれますし、御所車も目の前を通って行きました。 馬車は入口を間違えて、目の前で回転して御前通を南下していきました。残念なのは、みんなゴールを見てヘロヘロしてしまっていたようで、行列の厳かさは感じられなかったことです。
とようけ茶屋で情報を頂き、北野天満宮の東門の方にまわりました。最初の御神輿は見れませんでしたが、導山、梅鉾、松鉾には間に合いました。祇園祭などとは山の大きさが全然と違いますが、ちゃんと見送りまで付いていました。次回はもう少しいろいろと見てみたいと思います。
こちらでも御朱印を頂きました。「大悲殿」と書かれています。大悲殿とは大慈大悲の観世音菩薩の居られるという意味だそうです。このお寺さんは平成17年に、清水寺での復興法要が行われたそうで、その関係もあるのか清水寺と頂いたのと同じです。
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