不慣れな道なのでちょっとウロウロしていたら因幡薬師というところに出てしまいました。
時間も時間なので閉じてしまっていますが、かなり立派な作りです。
どうやら、通ってきた道は「不明門通(あけずどおり)」といって、東五条院に高倉天皇が住んでいたために、底に通じるこの真正面の道を閉じていたからついた名前のようです。
平等寺の名前も高倉天皇より頂いた名前ということ。
建立はさらに古く、西暦1003年くらい。
橘行平が勅命にて因幡国(鳥取)に赴いたときに病気になってしまい、それを癒やしたのがここのお薬師さまということです。
ここのくだりは書き出すと長い…。
今度しっかりと立ち寄ったときに書きたいと思います。