今日のニュースです。
政府の原子力災害対策本部が、福島第1原発事故の詳しい経過を説明する首相官邸ホームページ上の公開記録で、東日本大震災翌日の3月12日に1号機の炉内の圧力を下げるため実施した緊急措置「ベント」の開始時刻を、同日午後2時半から同午前10時17分に変更していたことが6日、分かった。
4時間余り開始時刻を早める書き換えは3月27日に行われたが、理由は説明されていない。
(略)
書き換え翌日の28日、震災後初めて国会審議が行われ、野党は政府の初動対応の遅れを追及した。保安院は「(書き換えと)国会審議は関係ない」としている。
私は東日本大震災発生の前から14日まで、確定申告でほとんど寝ていなかったので、とくに震災後のニュースはほとんどリアルタイムで見ていました。
ソースは自分なので、ウソと言われればそこまでなのですが、深夜の速報で「東京電力がベントを開く許可を求める」「菅総理の視察後」という一連の流れをずーと見ていました。
『青史に名を残す』という言葉があります。
紙の無かった時代の中国では、竹を割って作られた竹簡に文字を書いていたことから「青史」という言葉が使われています。
中国の歴史というのは、ある意味、官僚と皇帝や王との戦いの歴史でもあります。
正確な記録を残そうとする官僚と、少しでも自分の悪名を消したい皇帝や王。
皇帝や王の命令に従わずに、処刑された官僚も数多くいます。
しかし、それでも歴史はきちんと伝わっているんですね。
官僚達が、使命感と後世の誹りの方を恐れていたからでしょう。
皇帝や王も、史実を弄ることが、より自分の悪名を高めることを知っているので、歴史を記録する官僚は聖域のように扱われることが多かったのです。
日本という国の官僚は、もはや使命感と後世の誹りさえも踏みにじる国になった。
菅直人と民主党は、「青史に名を残す」悪政を強いた為政者となったということです。
古今東西、歴史を歪めたようとした皇帝や王は、歴史を歪めた者として記録は残ります。
バカや卑怯者は、目先をどんなに繕っても、よりバカや卑怯者としか記録されないのです。