クローズアップ2011:「ポスト京都」合意絶望的 交渉、進む「日本外し」
温室効果ガスの排出削減を義務づけた京都議定書の期限切れが12年末に迫った。議定書の延長か新たな枠組みかの道筋を描くことができるのか、注目されたパナマ市での国連気候変動枠組み条約の特別作業部会だったが、目立った前進はなかった。来月末から南アフリカ・ダーバンで開催される同条約第17回締約国会議(COP17)で、新たな枠組みを作ることは絶望的となり、交渉の長期化が必至となった。議定書の誕生の地となった日本は、議定書延長に反対する方針を貫き、各国は「日本抜き」で交渉する姿勢を見せている。【パナマ市・江口一】
◇「延長反対」強硬裏目に
「ポスト京都の削減義務に参加しない国は、ホームレスになる」
5日の特別作業部会の非公式協議で、中国代表は発言した。日本やカナダ、ロシアのように、13年以降の京都議定書の延長を拒否した国は、国際協調の枠組みから外される、という脅しだった。
日本は議定書延長について、「中国と米国の2大排出国が削減義務を課せられていない。いかなる条件でも参加しない」との立場で、反対を貫く。
一方で、日本は途上国への原発輸出を排除しないため、途上国の温暖化対策を支援し、先進国の削減分とみなす仕組み「クリーン開発メカニズム(CDM)」は13年以降も活用するという二枚舌を使う。これが「京都に参加する国だけがCDMを使えるようにすべきだ」(ボリビア)などの反発を招き、日本抜きで交渉を進めようとする動きも表面化した。
国際環境NGO(非政府組織)は「各国は批判することで、日本をポスト京都の枠組みに参加させようとしてきたが、日本の態度は変わらなかった。今後はジャパン・バッシング(日本たたき)ではなく、パッシング(無視)になる」と分析する。
◇原発事故も痛手
さらに、今年3月の東京電力福島第1原発事故以降、他原発でも定期検査で運転が次々と停止。「原発活用」を前提とした温暖化対策も揺らぎ、日本の発言力も弱まっている。
全54基の原発を火力発電で代替すると、12年度の排出量は90年比で約15%増える。議定書で定められた90年比6%減は「経済の落ち込みなどで何とか達成できる」(環境省幹部)が、状況は厳しい。
政府は閣僚が参加する「エネルギー・環境会議」などでエネルギー政策や温暖化対策の見直しを進めているが、着手したばかり。「20年に90年比で温室効果ガスを25%削減」するとした地球温暖化対策基本法案は、国会での審議が遅れている。
今回、各国から「お見舞いとお悔やみ」は示されても、それを理由に削減義務を免除するといった温情はない。
「国内の温暖化政策が固まらないという武器なし状態で戦いに臨んでいる。非常にきつい」。日本政府の交渉担当者からはこんな声も出ている。
◇15年?新枠組み遠く
特別作業部会のエイドリアン・メイシー議長(ニュージーランド)は非公式会合で「ダーバンで現実的着地点を見つけたい」と語った。COP17でのポスト京都の枠組み採択が絶望的となり、焦点はいかなる手段で交渉を継続させるかに移った。
ポスト京都の枠組みを作る締め切りを区切った「ダーバン・マンデート(宣言)」もその手段の一つだ。豪州やノルウェーは15年の新議定書採択を提案し、日本も基本的に支持する方針だ。もう一つが京都議定書の暫定延長で、新枠組み実現を条件に欧州連合(EU)、豪州、ノルウェー、ニュージーランドが検討している。
15年が目標に掲げられるのは理由がある。
昨年のCOP16で採択された「カンクン合意」で、13~15年に締約国の長期目標や進捗(しんちょく)状況を再検討することが盛り込まれた。また、13~14年には国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が、最新の温暖化対策や影響を盛り込んだ第5次報告書を公表する。報告書が出るたびに、各国は温暖化への危機感を強め、交渉の機運を高めてきた。
さらに、来年に大統領選がある米国や、指導部が交代する中国という「2大排出国」にも配慮している。
気になる対策の失速だが、大幅な減速はないとの見方が多い。
というのは、米国を含めた先進国は、カンクン合意に基づき13年以降、2年ごとに自国の排出量を記した報告書を条約事務局に提出する。途上国も自国の削減行動などを盛り込んだ情報を2年ごとに提出。対策を怠れば、それが各国に知られるという圧力になる。
9月末時点で63件のCDM事業を手がけた三菱商事の稲田和男・排出権事業ユニットマネージャーは「EUは13年以降の削減期間への参加を検討しており、CDMも使える域内排出量取引市場が継続される。韓国や豪州でも同様の市場の創設が模索されている」と指摘。温暖化ビジネスは消えないとみる。
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◇地球温暖化交渉の流れ
92年 国連気候変動枠組み条約を採択
95年 同条約第1回締約国会議(COP1)
先進国の削減義務を定めた議定書を、COP3で採択することで合意
97年 COP3(地球温暖化防止京都会議)京都議定書を採択
01年 米国が京都議定書から離脱
05年 京都議定書発効
07年 COP13 バリ・ロードマップ(行程表)を採択。京都議定書以降の新枠組みについて、09年までに交渉を終えると定める
09年 COP15 新枠組みの骨格「コペンハーゲン合意」を作成。採択できず
10年 COP16 20年までの自主的な削減目標などを盛り込んだ「カンクン合意」を採択
11年 COP17 ダーバン・マンデート(宣言)を採択? 新枠組み採択は絶望的
13年 新枠組みへの移行期間開始
13~14年 国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が第5次報告書を公表
15年 京都議定書に代わる新枠組み採択?
毎日新聞 2011年10月9日 東京朝刊
温室効果ガスの排出削減を義務づけた京都議定書の期限切れが12年末に迫った。議定書の延長か新たな枠組みかの道筋を描くことができるのか、注目されたパナマ市での国連気候変動枠組み条約の特別作業部会だったが、目立った前進はなかった。来月末から南アフリカ・ダーバンで開催される同条約第17回締約国会議(COP17)で、新たな枠組みを作ることは絶望的となり、交渉の長期化が必至となった。議定書の誕生の地となった日本は、議定書延長に反対する方針を貫き、各国は「日本抜き」で交渉する姿勢を見せている。【パナマ市・江口一】
◇「延長反対」強硬裏目に
「ポスト京都の削減義務に参加しない国は、ホームレスになる」
5日の特別作業部会の非公式協議で、中国代表は発言した。日本やカナダ、ロシアのように、13年以降の京都議定書の延長を拒否した国は、国際協調の枠組みから外される、という脅しだった。
日本は議定書延長について、「中国と米国の2大排出国が削減義務を課せられていない。いかなる条件でも参加しない」との立場で、反対を貫く。
一方で、日本は途上国への原発輸出を排除しないため、途上国の温暖化対策を支援し、先進国の削減分とみなす仕組み「クリーン開発メカニズム(CDM)」は13年以降も活用するという二枚舌を使う。これが「京都に参加する国だけがCDMを使えるようにすべきだ」(ボリビア)などの反発を招き、日本抜きで交渉を進めようとする動きも表面化した。
国際環境NGO(非政府組織)は「各国は批判することで、日本をポスト京都の枠組みに参加させようとしてきたが、日本の態度は変わらなかった。今後はジャパン・バッシング(日本たたき)ではなく、パッシング(無視)になる」と分析する。
◇原発事故も痛手
さらに、今年3月の東京電力福島第1原発事故以降、他原発でも定期検査で運転が次々と停止。「原発活用」を前提とした温暖化対策も揺らぎ、日本の発言力も弱まっている。
全54基の原発を火力発電で代替すると、12年度の排出量は90年比で約15%増える。議定書で定められた90年比6%減は「経済の落ち込みなどで何とか達成できる」(環境省幹部)が、状況は厳しい。
政府は閣僚が参加する「エネルギー・環境会議」などでエネルギー政策や温暖化対策の見直しを進めているが、着手したばかり。「20年に90年比で温室効果ガスを25%削減」するとした地球温暖化対策基本法案は、国会での審議が遅れている。
今回、各国から「お見舞いとお悔やみ」は示されても、それを理由に削減義務を免除するといった温情はない。
「国内の温暖化政策が固まらないという武器なし状態で戦いに臨んでいる。非常にきつい」。日本政府の交渉担当者からはこんな声も出ている。
◇15年?新枠組み遠く
特別作業部会のエイドリアン・メイシー議長(ニュージーランド)は非公式会合で「ダーバンで現実的着地点を見つけたい」と語った。COP17でのポスト京都の枠組み採択が絶望的となり、焦点はいかなる手段で交渉を継続させるかに移った。
ポスト京都の枠組みを作る締め切りを区切った「ダーバン・マンデート(宣言)」もその手段の一つだ。豪州やノルウェーは15年の新議定書採択を提案し、日本も基本的に支持する方針だ。もう一つが京都議定書の暫定延長で、新枠組み実現を条件に欧州連合(EU)、豪州、ノルウェー、ニュージーランドが検討している。
15年が目標に掲げられるのは理由がある。
昨年のCOP16で採択された「カンクン合意」で、13~15年に締約国の長期目標や進捗(しんちょく)状況を再検討することが盛り込まれた。また、13~14年には国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が、最新の温暖化対策や影響を盛り込んだ第5次報告書を公表する。報告書が出るたびに、各国は温暖化への危機感を強め、交渉の機運を高めてきた。
さらに、来年に大統領選がある米国や、指導部が交代する中国という「2大排出国」にも配慮している。
気になる対策の失速だが、大幅な減速はないとの見方が多い。
というのは、米国を含めた先進国は、カンクン合意に基づき13年以降、2年ごとに自国の排出量を記した報告書を条約事務局に提出する。途上国も自国の削減行動などを盛り込んだ情報を2年ごとに提出。対策を怠れば、それが各国に知られるという圧力になる。
9月末時点で63件のCDM事業を手がけた三菱商事の稲田和男・排出権事業ユニットマネージャーは「EUは13年以降の削減期間への参加を検討しており、CDMも使える域内排出量取引市場が継続される。韓国や豪州でも同様の市場の創設が模索されている」と指摘。温暖化ビジネスは消えないとみる。
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◇地球温暖化交渉の流れ
92年 国連気候変動枠組み条約を採択
95年 同条約第1回締約国会議(COP1)
先進国の削減義務を定めた議定書を、COP3で採択することで合意
97年 COP3(地球温暖化防止京都会議)京都議定書を採択
01年 米国が京都議定書から離脱
05年 京都議定書発効
07年 COP13 バリ・ロードマップ(行程表)を採択。京都議定書以降の新枠組みについて、09年までに交渉を終えると定める
09年 COP15 新枠組みの骨格「コペンハーゲン合意」を作成。採択できず
10年 COP16 20年までの自主的な削減目標などを盛り込んだ「カンクン合意」を採択
11年 COP17 ダーバン・マンデート(宣言)を採択? 新枠組み採択は絶望的
13年 新枠組みへの移行期間開始
13~14年 国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が第5次報告書を公表
15年 京都議定書に代わる新枠組み採択?
毎日新聞 2011年10月9日 東京朝刊